839

アクセスカウンタ

zoom RSS 弥生

<<   作成日時 : 2006/03/08 21:40   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 5

不思議な月。
冬と春の間の人生の狭間。
縄文時代から弥生時代、今、昔の歴史が見直されている。
稲作が大陸から伝わり、狩をしていた前時代人と混ざり出来たこの国。
そして、女性が輝く月。
雛祭り、桃の節句、お内裏様とお雛様。
しかし、昔も今も政治に利用されて、政略結婚の悲劇。
和宮様が、徳川家に輿入れされ、初めは嫌であったが、最後は愛を得た。
女性の幸福は、子を産み育て家を守り良妻賢母の教え。
私は、「らしさ」が好きである。
「女らしさ」「男らしさ」XY染色体の違いがあるから。
でも、「○○の癖に」「○○のような」これは差別である。
3月3日は、奈良県に於いて「水平社宣言」が全国に宣言された。
明治の解放令から、偏見と差別をなくすために、先人の努力の賜物。
人が人を差別するのは可笑しい。
ワンさんが、ラベさんに言いたかったことは。
動物は本来自然に生きて行くのが当たり前。
それを、人間の愛玩物にして、飽きれば捨てるのが許せない。
風きり羽を切られて、飛べない小鳥。
狭い駕籠に閉じ込められて、外の自由に飛び回る同類を見ている哀れな鳥。
例え、外敵に襲われても、大空を自由に飛ぶことを望んでいると思う。
病院という狭い駕籠に閉じ込めれて、喧嘩を出来ない惨めなあたい。
毎日ロムも出来ず、コメントに礼もいえない不義理なあたいをお許しくだされ。
また、意味不明なコメントどした。ほえ。
「楽天知命」但馬の松陰「池田良庵」の教え。
以上だべ、んだらべ〜〜だ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
ハッサク〜こんにちは。
昨日は「指先でつむぐ愛」をテレビで見て泣きました。
夫婦愛っていいですね。
って私は再び経験できるのかな?
ぺこ
2006/03/11 16:47
839さん、お早うさん。久し振りだねぇ〜
一つ下の板にも、レス入れといたよ〜ん。

1)「差別」。
各個人のレベルが総意して国家の民意迄集成するが、親代々から続く「民族性」と、現在に形成された「国民性」が何時も混同され易い。そして差別は、現代も新たに形成され続けて居る事に変わり無い。

例えば個人的にも「差別」と「区別」は混同され易く、トップの者に対し誰も間違いを指摘出来ぬ現状が、混同に拍車を掛けて居るネ。

共産ソビエトでは、区別も「悪」だと言う「悪平等」の世界感に支配され、皇帝軍の白旗とコミンテルンの赤旗が激突したロシア革命の結果だった。

其の結果、対外的(貴族)・知的・文化的・経済的人材を処刑・一掃(シベリア送り=逃走出来た者は、満州の日本人売春宿に辿り着く)した為、帝国内の不満は解消=第2次大戦後まで苦労する。

主力だったのが百姓・農奴で、積年の恨みを晴らす事が第1目的だった為だネ。

何の魅力も学ぶ可きモノも無い国に気付いたのは、コミンテルンの内部闘争が始まったスターリンの台頭からで、最初の血祭りが過激派のトロッキーの粛清だった。(続く)
schwalz
2006/03/12 16:17
839さん、続きだよ〜ん。

中国も其の愚(ぐう)を、愚か(おろか)にも繰り返してるネ。悪名高き「文化大革命」が其れだが、ヒトラーもベルリンで「焚書(ふんしょ)」事件を起こし、周辺諸国からは悲しまれ、世界中から清の始皇帝以来の愚行だと嘲(あざけ)られた。

ソビエト時代に其の国民は「フテ腐り」切り、誰も「努力」する意義もメリットも見出せず、努力に汗し血を流して迄苦労する事は、狡(ずる)賢く立ち回り・怠惰を貪る(むさぼる)者達に、唯、利用され続ける事しか意味しないと考えた。為に、誰も改善・提案・アイデアを出さず企業しなかった。

国から割り当てられた数値を達成すれば良く。出しゃ張れば、翌年から其の数値が課せられた。唯、其れだけで在る。自己に能力が有り・自己実現したい者は、欧州とアメリカを目指した。是が俗に言う処の、「悪平等」の標準化と言う。

839さん「区別」が有るから、世の中誰でも上を目指して努力する。憎む可きは「言われ無き差別」(受動的)で、周囲に迷惑な者(能動的な者)は反って「差別」する可きだと思うヨ。奈良の「騒音おばさん」の様な人はネ。

以上だよ〜ん。
schwalz
2006/03/12 17:01
839さん「追伸」だヨ。

1)「差別」は現代でも、世界中の至る所に蔓延してるヨ。

日本に於ける、国民>周辺諸国からの現代版渡来人。アメリカに於ける、WASP=ワスプ(白系アングロサクソン・プロテスタント)Xカラード(有色人種)。中国に於ける、北京都心部>上海都心部>都市部>農村部>少数民族。インドに於ける「カースト」。

欧州に於ける、国民Xユダヤ・イスラムの異教徒。イスラムに於ける、指導者>原理主義者>庶民>外人>外人出稼ぎ者。ロシアに於ける、国家枢要部>金持ち>政府高官>企業家>其れ以外>公務員>アングラ(マフィア含む。ロシア国民は殆どが「其れ以外」)。

世界に眼を向けるなら、至る所に「差別」は点在するヨ。
此の世で、「差別」の無い世界に住む事は不可能だネ。斯く(かく)言う私が、北朝鮮に渡れば確実に差別対象扱いだろうヨ。

私が周囲に取り揃えた物は全て剥奪され、以後、ボロを纏って(まとって)生活する運命が待って居るだろう。

以上ネ。
schwalz
2006/03/12 18:27
差別は良いか?悪いか?
言葉の意味からして、差別とは悪い事である。
しかし、本当の所はどうだろうかと考えると、仏教の中道の精神でものごとを考えるべきという事だろう。

中道とは、「AであってAでない。」という形式ではじまる。

「差別は、悪であって悪でない。」

つまり、中道の精神、または、無分別智の精神において善悪を判断させるためにシュヴァルツさんの意見があるのだと感じる。

仏の智慧で考えると、差別は悪であって悪でないという分別を無くして考える事も大事だと言いたいのだろう。
まずは、片寄っている意見に対して、別の片寄りを与えて、真実に近づきたいというシュヴァルツさんの願いのあるコメントかと思う。
ワン
2006/03/12 19:00

コメントする help

ニックネーム
本 文
弥生 839/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる